子どもは大人(この場合その人格の成長の先を指す)の原石で。
赤ちゃんから触れた味覚は将来の嗜好のその80%を作ると言って過言ではない。
確かにその後の出会いで新たな味覚を発見し、また未来が育ち変わっていくが基本はできてしまうだろう。性格にもよって。好奇心が旺盛なら新たな食をチャレンジして新たな味覚を見つけていくだろうけれど、保守的な性格だとしたら「食べず嫌い」も含めて無意識の頃に経験したものや本能の選ぶものしか受け入れられなくなる。
本能というと。
生まれた時から苦いものは「毒」と生き物として刷り込まれているらしく。吐き出し受け付けない。
逆に甘味は生まれたばかりの口に当てるとニヤリと受け入れるという。それが生物としての味覚が持っているもの。その後下は安全を経験し、未来が育っていくのと同時に繊細な見分けがつくように自然な味わいを少しづつ経験させて微妙な味わいを身につけていく。
しかし直感的な味に人の本能はそそられるのもあり。強い味ほど刷り込まれて受け入れられていく。
ということは
強い甘味や塩け、刺激は麻薬の様なもので。それに慣れてしまったらそれを求める様になるだろう。
子供の好きなものとして
ハンバーグ
ケチャップ
カレー
唐揚げ
本当だろうか?
市販のものは売上重視よって甘さが強くなる。
野菜や香りの強いハーブや香味野菜は嫌いという。しかし子供の頃から家庭で調理されているタイやベトナム、イタリアやフランスでさえ楽しんでいる。ブルーチーズなどは離乳食だという。
日本だって納豆など馴染みさえあれば子供だって好きなもの。
現代の日本の味覚は戦後のGHQの侵略ではないだろうか?であれば何よりも成功した侵略。まんまと基本的味覚は変わった。
しかし旨味を知っているDNAを持つ日本人。完全にその未来は消えてはいない。
成人病がこどもの頃から始まって久しい。
ダイエットと言わなくてはならないのも、侵略の賜物かもしれない。飽食と相まって。
という私も時に無性にマックや唐揚げが恋しくなる現代人!
悪ということではない。バリエーションならいい。未来が育ってからでもいつだって、強い味覚は本能が受け入れるのだから、未来の育つ幼い頃に経験する必要はない。大人は知性で食事ができるし、理性で食をコントロールできる。しかし子どもは本能が八割。受け入れられなければ受け入れない。
だとしたら
少しづついろいろな味覚の表情を経験させるべきではないだろうか?
匂いも然り。
土の匂い
草の匂い
腐った匂い
乳の匂い
羽の匂い
鉄の匂い
・・・
ありとあらゆるニオイの経験をありったけ経験するべき。それが将来の味覚と情緒とチャレンジを育てるに違いなく。
大人の概念が子供の嗜好を作ってしまってはいないだろうか?
例えば
トマトソースやスープにはセロリとオレガノの香りが美味しさを深めている。
鳥をオーブンで調理するとき。ハーブが美味しさを仕上げる。逆にないと味気ない平たなものとなるでしょ?
カレーだってラーメンだって実はスパイスやネギや香味野菜が必要だし。
そうして幼い頃から香りと味わいの複雑さと深みを与えていけば、幸せな大人に育っていくと言っても言い過ぎではないのではないかしら。
もう一つ
幼い頃に美味しいを経験させるには!
周囲の大人が さも「美味しそうに」一緒に食べること!
この「さも美味しそうに」というのが最も重要。子供にとって一番安全を提供してくれる安心できる大人が
楽しそうに美味しそうにいただいているものは試したくなる。
だからこそ。
孤食はいけない。安心できる大人と一緒に「美味しい」経験を持つこと!
将来の幸せを育むために
おりょう OwndBar
洒落程の解る方々のBarでありたい。 何者? 海外生活を経て 日本の文化を改めてリスペクト 。 懐石 茶の湯 歴史 着物…と進めると 元々大好きだったワインとあわせた「今様手すさび」懐石料理屋を 営む。 シガーからタウニーポートにご縁。全てにハマればハマるほど芋づるで興味果てしなく。 同時にその時次世代の鬱の多さに 今は幼児教育と英語を絡めたビジネス。 ロードバイクLoverでもある
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